論文掲載
植物の根(根系)は「Hidden half(隠れた半身)」と称される。根系が植物の生育に重要な機能を果たしていることは明白だが、土壌の障壁は自然環境下での根系調査を大きく阻害してきた。生育期間全体で湛水化される水田では、根系調査の作業が非常に煩雑となって敬遠される場合が多い。その結果、2024年6月の時点でも、水稲根系の研究は人工環境下で得られた知見に限定され、厚いベールに包まれたようなるような状態が続いている。
私が三重大学で最初に指導した小野田さんと古戸さん(旧姓太田)がこの水稲根系の調査に挑んでくれた。彼らは、飼料用水稲が巨大な茎葉部だけではなく巨大な根系を発達させ、そこにデンプンや窒素を多量に貯蔵することを発見した。それは、コシヒカリの茎葉部を上回る重量の有機物と、通常栽培で基肥として供給されるほどに多量の窒素成分であった。飼料用水稲は乳牛などに給餌する目的で栽培されるが、本研究の成果は飼料用水稲を栽培するだけで堆肥を投入したような効果が発揮される可能性を示したと言える。
水稲生産の大規模化が進行する一方で、化学肥料や原油の価格高騰が大規模生産農家に大きな負担になっている。堆肥投入が一つの解決策であることは勿論だが、畜産業から排出される糞尿を耕地へ投入するには、それを誰が運搬するのかという大きな問題がのしかかり、なかなか前進しないのが実情である。一方で飼料価格の高騰が畜産農家に大きな負担となっている。飼料用水稲は補助金ありきの一過性の技術だと揶揄されることもあるが、こうした社会情勢と「Hidden function(隠れた機能)」により再び脚光を浴びる可能性もあるだろう。
何はともあれ、研究開始から足掛け9年で、ようやく成果を世に出すことができた(Field Crops Research)。この間、筆頭著者の小野田さんは三重県庁に勤務しながら時間を見つけては原稿執筆に取り組んでくれた。他の雑誌で門前払いを受けたときには挫けそうになったが、諦めずに続けてきた甲斐があった。結果的に農学ではトップクラスの雑誌に掲載され、彼の長年の努力が報われる形に。祝杯を上げよう!!
地域から世界へ
三重大学とJICAは、ガーナで実施中の技術協力プロジェクト「Ghana Rice Production Improvement Project(GRIP)」に対して、国際資源植物学研究室の在学生や卒業生を海外協力隊として派遣することで合意しました。その第一陣が、修士課程2年生の濵嶋賢さん(写真)です。これまで3年間にわたり、研究室での座学やつじ農園での現地調査を通じて、実践的な水稲栽培技術を学んできました。地域の学びを世界で活かす。濵嶋さんの活動にご期待ください。
コメ作りは土作り
古来「コメ作りは土作り」と言われ、農家は家畜糞尿や里山の腐葉土を投入することで水田の地力を維持してきました。現在、基幹的農業従事者への農地集積が着々と進んでいます。そうした大規模稲作においては、化学肥料投入を前提として技術体系が構築されています。しかし、近年、水田における有機物投入量の減少が地力低下を引き起こしている事例が全国で報告されています。先人に倣って有機物投入量を増加させたいところですが、1人あたり数㌶以上を耕作する状況では、きめ細かな土作りが困難になっています。現在、主食であるコメを将来に渡って安定的に国内自給できるよう、大規模稲作の持続性を担保する技術、特に省力的に地力を維持する技術が求められています。これは国内にとどまらず世界共通の大きな課題でもあります。私達は、作物生態生理学を基礎に異分野の知見も融合しながら、省力的な地力維持技術の開発に取り組んでいます。私達は、地域の課題を世界規模の課題として捉え、成果を発信していきます。
中国の水問題
中国の食料消費は世界の食料供給に大きな影響を与えています。中国国内のコムギ生産は、国内の食料安全保障だけではなく世界の食料安定供給にとって重要な課題となっています。中国の作物生産は恒常的に水不足の問題に直面しており、コムギを中心とした作物の水利用効率と干ばつ回避性の向上は重要な課題です。私たちは、中国科学院との戦略的な共同研究を通じて、コムギを中心とした作物の水利用効率と干ばつ回避性の向上に向けた研究を加速し、中国の食料安全保障の強化だけではなく、世界の乾燥地・半乾燥地における持続可能な食料生産の実現に貢献することを目指しています。
タンザニア稲作
私たちは、タンザニアの稲作生産性向上を目指し、多角的な研究を行っています。灌漑稲作では、基本技術パッケージの導入により収量が大幅に向上することを実証し、農家参加型アプローチによる技術普及の有効性を示しました。また、NERICAの適応性を評価し、多くの品種が普及に適していることを明らかにしました。イネ黄斑モザイクウイルス病の発生要因を解明し、適切な栽培管理による発生抑制対策を提案しました。灌漑稲作、天水稲作の生態的特性を整理し、水管理や栽培技術を検討しました。当研究室では、タンザニアの稲作生産性向上と気候変動への適応の方策を提案し、アフリカの食料安全保障に貢献する研究を進めています。
エネルギー作物
化石燃料の代替となる再生可能エネルギーの確保は、地球温暖化対策の要です。中でもバイオ燃料は、カーボンニュートラルな燃料として注目されていますが、原料となる作物の多くは食料と競合するため、食料安全保障の観点から懸念があります。私たちは、非食用のセルロース系原料作物に着目し、その生産性向上と持続的栽培の実現を目指しています。エリアンサスとネピアグラスを有望な栽培対象として、根系調査、栽培技術の開発、栽培適地の特定など、様々な側面からアプローチしてきました。根系調査では、両種の深根性と高い根量が土壌の改善や炭素貯留に寄与することを明らかにしました。栽培技術では、ネピアグラスの条抜き多回刈り栽培による収穫期間の均等化と収量増加を実現しました。栽培適地の探索では、GIS解析と現地調査を組み合わせた手法を確立し、荒廃地での栽培の可能性を示しました。これらの知見と技術を統合し、セルロース系バイオ燃料の生産拡大に貢献することで、食料と競合しない持続可能な社会の実現を目指します。
作物の水利用
水は植物の生存に欠かせない資源であり、その獲得と利用の戦略は作物ごとに大きく異なります。特に、干ばつや水不足に直面する現代農業において、作物の水利用効率の改善は喫緊の課題と言えるでしょう。私たちは、マメ科作物、特にキマメとセスバニアに着目し、安定同位体を利用した水の動態解析や、根の構造と機能に着目した研究アプローチを通じて、作物の水利用の謎に迫ろうとしてきました。これまでの研究から、深根性のマメ科作物が水をめぐって興味深い適応戦略を持つことが明らかになりつつあります。私たちの目標は、作物の水利用の基本原理を解明し、それを農業現場に活かしていくことです。作物の水利用の研究は、食料問題という全人類的な課題の解決に向けた、重要な一歩となるでしょう。私たちは、基礎研究と応用研究を両輪として、この分野の発展に尽力していきたいと思います。
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