論文掲載2024.12
Sekiya et al. (2024) Shoot and root responses of rice plants to belowground environmental heterogeneity within a local rice farming community. Discover Agricultrure 2, 118
水稲の生育量や玄米収量は、そのキャノピー(葉群)が吸収した積算日射量で説明(予測)することができます。水を多量に必要とする水稲生産においては、水利の効率を考慮して水田が山間の谷筋や河川の沿岸域に集中して造成されます。そうした稲作地帯では水田間の気象条件(特に日射量)が同様であることから、同じ品種を同じ管理技術で栽培する限り、水稲の生育量や玄米収量が水田間で大きく異なることはありません。
しかし、水田は勾配や起伏のある土地を階段(テラス)状に造成し、各階段を畦畔(あぜ)で囲んで貯水するような構造のため、土壌環境が水田間で大きく異なってしまうことが知られています。
私たちは、そうしたヘテロな地下部環境に対して水稲がダイナミックに根系の構造と機能を変化させることで、地上部生育を安定させている可能性を京都府与謝野町の農家水田で見出しました。
本研究は2023年度の卒業生である後藤さんが学部3年生の演習授業としてで取り組んでくれたものです。当時、「おたくのイネは根が死んでいる」などと不安を煽って自社の資材を売りつけようとする業者が暗躍しており、そうした事実無根をデータで鎮めようとして始めた調査です。
そもそも根が死んでいれば何も収穫できないわけですし、植物根系は生育期間中に枯死・脱落と再生を繰り返すため、「根が死ぬ」ことを定義するのは非常に難しい課題です。本研究により、そうしたデマを否定できただけではなく、水稲根系の生き生きとした姿を浮かび上がらせることができました。
この成果は、2024年12月12日にSpringer Nature社のDiscover Agriculture誌に掲載されました。
論文掲載2024.12
Sekiya et al. (2024) Shaping rice preferences: effects of farming information, package design and consumer attributes. Sustainability 16 (22) 10099
私が担当する演習授業の社会調査演習。「生産者に学び生産者に還す」を合言葉に、農業者の経営的課題を調査して学生なりに解決策を提案します。
今回調査対象となったつじ農園では、三重23号の有機栽培に取り組んでいます。農園長である辻さんのお人柄と、本品種の良食味があいまって、生産される有機米の売れ行きは好調です。学生は、辻さんへ聞き取り調査する中で「有機米は本当に美味しいのか?」「有機栽培という情報で食味が向上しているのではないか?」という疑問を見出し、後者の仮説が正しい場合には有機米のマーケティングに栽培情報を活かせるのではないかと考えました。
そこで、三重大学職員211名を対象に有機米と慣行米(化学肥料を使用し減農薬で栽培したコメ)の食味試験を行いました。驚くべきことに、有機栽培したという情報を伝達すると、有機米の味を好む回答者の割合が31.8%から44.8%に増加し、再度食べたいという意向も16.4%から34.4%へと大きく向上することが明らかになりました。つまり、消費者はコメそのものの味だけでなく、その栽培方法に関する情報も一緒に「味わっていた」のです。
一方で生産者情報の開示は食味評価には影響しないものの、再度食べたいという意向が17.3%から29.4%へと向上することが明らかになりました。以上の結果は、栽培方法や生産者に関する適切な情報を提供することで、有機米に対する消費者需要を高められることを示しています。
演習授業とは言え、ランダム化比較試験に取得したデータをロジットモデルや順序ロジットモデルで解析したことにより頑強な議論を展開することができました。折角なので科学論文として整理し、2024年11月19日にSustainability誌に掲載されました。
論文掲載2024.11.13
Sekiya et al. (2024) Sustainable nitrogen management in rice farming: spatial patterns of nitrogen availability and implications for community-level practices. Sustainability 16 (22) 9880
米は土で作り、麦は肥料で作る。水稲栽培における土つくりの重要性を端的に表現した言葉です。無施肥で水稲を栽培しても、土壌と灌漑水から供給される養分のみで、水稲は想像以上によく生育することができます(農業共済新聞)。
戦後、化学肥料の多投を前提とした水稲栽培理論が脈々と築き上げられてきました。生産現場では相変わらず土つくりの重要性が認識されてきたものの、アカデミアでは化学肥料の絶大な効果の前に土つくりが蔑(ないがし)ろにされ、研究対象して大きく脚光を浴びることはありませんでした。ところが、社会情勢や自然環境が劇的に変動する昨今、食料システムにおける化学肥料への依存から有機肥料による土つくりを中心とした新たな水稲栽培理論への大転換が迫られています(特別講演「土壌肥料学会中部支部会」)。
有機肥料の養分は土壌微生物による分解を経て作物へ供給されるため、土壌微生物をはじめとする土の機能をよく理解しなければ、新たな水稲栽培理論を構築することができません。まさに「土つくりを科学する」ことの重要性が認識され始めていると言えます。
また、激動の時代に象牙の塔へ閉じ籠っていては、現実と研究がこれまで以上に乖離し、研究成果が生産現場に適用されないという二の舞を繰り返すだけになる可能性があります。生産現場で直接的な調査・研究活動を展開することで、現場の課題を現場で解決し現場に適用させることが可能になるはずです。
そうした信念のもと、私たちは京都府与謝野町の生産者水田(880ha)を対象に可給態窒素の空間分布を調査しました。可給態窒素とは土壌が潜在的に供給しうる窒素を定量化したものです。灌漑水によりカリウム(灌漑水と一緒に圃場内へ流入)とリン酸(湛水により土壌から溶出)が供給される水田においては、窒素を供給する潜在能力が狭義の地力を示していると言えます。可給態窒素は、化学肥料にしろ有機肥料にしろ、水稲栽培の肥料設計には必須情報であり、「土つくりを科学する」ための基礎情報になります。
調査の結果、立地や地形によって可給態窒素の値が類似することに加えて、可給態窒素の変動に強く影響する土壌管理要因が明らかになりました。これは、施肥量や施肥法が地域一律で設計されてきた従来の方法(例:与謝野町全体で一つの施肥設計)では不十分で、地域内でも立地や地形を考慮した局地的な施肥設計が必要であることや、さらには適切な土壌管理技術で地力を増進できる可能性を示した重要な成果だと言えます。本成果は2024年11月13日にSustainability誌にて掲載されました。
論文掲載2024.7
Onoda et al. (2024) Post-heading accumulation of nonstructural carbohydrates and nitrogen in rice (Oryza sativa L.) roots. Field Crops Research 315 109478
植物の根(根系)は「Hidden half(隠れた半身)」と称される。根系が植物の生育に重要な機能を果たしていることは明白だが、土壌の障壁は自然環境下での根系調査を大きく阻害してきた。生育期間全体で湛水化される水田では、根系調査の作業が非常に煩雑となって敬遠される場合が多い。その結果、2024年6月の時点でも、水稲根系の研究は人工環境下で得られた知見に限定され、厚いベールに包まれたようなるような状態が続いている。
私が三重大学で最初に指導した小野田さんと古戸さん(旧姓太田)がこの水稲根系の調査に挑んでくれた。彼らは、飼料用水稲が巨大な茎葉部だけではなく巨大な根系を発達させ、そこにデンプンや窒素を多量に貯蔵することを発見した。それは、コシヒカリの茎葉部を上回る重量の有機物と、通常栽培で基肥として供給されるほどに多量の窒素成分であった。飼料用水稲は乳牛などに給餌する目的で栽培されるが、本研究の成果は飼料用水稲を栽培するだけで堆肥を投入したような効果が発揮される可能性を示したと言える。
水稲生産の大規模化が進行する一方で、化学肥料や原油の価格高騰が大規模生産農家に大きな負担になっている。堆肥投入が一つの解決策であることは勿論だが、畜産業から排出される糞尿を耕地へ投入するには、それを誰が運搬するのかという大きな問題がのしかかり、なかなか前進しないのが実情である。一方で飼料価格の高騰が畜産農家に大きな負担となっている。飼料用水稲は補助金ありきの一過性の技術だと揶揄されることもあるが、こうした社会情勢と「Hidden function(隠れた機能)」により再び脚光を浴びる可能性もあるだろう。
何はともあれ、研究開始から足掛け9年で、ようやく成果を世に出すことができた(Field Crops Research)。この間、筆頭著者の小野田さんは三重県庁に勤務しながら時間を見つけては原稿執筆に取り組んでくれた。他の雑誌で門前払いを受けたときには挫けそうになったが、諦めずに続けてきた甲斐があった。結果的に農学ではトップクラスの雑誌に掲載され、彼の長年の努力が報われる形に。祝杯を上げよう!!
農林環境科学コース
国際資源植物学研究室の教育研究活動について簡単に説明しています
コメ作りは土作り
古来「コメ作りは土作り」と言われ、農家は家畜糞尿や里山の腐葉土を投入することで水田の地力を維持してきました。現在、基幹的農業従事者への農地集積が着々と進んでいます。そうした大規模稲作においては、化学肥料投入を前提として技術体系が構築されています。しかし、近年、水田における有機物投入量の減少が地力低下を引き起こしている事例が全国で報告されています。先人に倣って有機物投入量を増加させたいところですが、1人あたり数㌶以上を耕作する状況では、きめ細かな土作りが困難になっています。現在、主食であるコメを将来に渡って安定的に国内自給できるよう、大規模稲作の持続性を担保する技術、特に省力的に地力を維持する技術が求められています。これは国内にとどまらず世界共通の大きな課題でもあります。私達は、作物生態生理学を基礎に異分野の知見も融合しながら、省力的な地力維持技術の開発に取り組んでいます。私達は、地域の課題を世界規模の課題として捉え、成果を発信していきます。
地域から世界へ
三重大学とJICAは、ガーナで実施中の技術協力プロジェクト「Ghana Rice Production Improvement Project(GRIP)」に対して、国際資源植物学研究室の在学生や卒業生を海外協力隊として派遣することで合意しました。その第一陣が、修士課程2年生の濵嶋賢さん(写真)です。これまで3年間にわたり、研究室での座学やつじ農園での現地調査を通じて、実践的な水稲栽培技術を学んできました。地域の学びを世界で活かす。濵嶋さんの活動にご期待ください。
中国の水問題
中国の食料消費は世界の食料供給に大きな影響を与えています。中国国内のコムギ生産は、国内の食料安全保障だけではなく世界の食料安定供給にとって重要な課題となっています。中国の作物生産は恒常的に水不足の問題に直面しており、コムギを中心とした作物の水利用効率と干ばつ回避性の向上は重要な課題です。私たちは、中国科学院との戦略的な共同研究を通じて、コムギを中心とした作物の水利用効率と干ばつ回避性の向上に向けた研究を加速し、中国の食料安全保障の強化だけではなく、世界の乾燥地・半乾燥地における持続可能な食料生産の実現に貢献することを目指しています。
タンザニア稲作
私たちは、タンザニアの稲作生産性向上を目指し、多角的な研究を行っています。灌漑稲作では、基本技術パッケージの導入により収量が大幅に向上することを実証し、農家参加型アプローチによる技術普及の有効性を示しました。また、NERICAの適応性を評価し、多くの品種が普及に適していることを明らかにしました。イネ黄斑モザイクウイルス病の発生要因を解明し、適切な栽培管理による発生抑制対策を提案しました。灌漑稲作、天水稲作の生態的特性を整理し、水管理や栽培技術を検討しました。当研究室では、タンザニアの稲作生産性向上と気候変動への適応の方策を提案し、アフリカの食料安全保障に貢献する研究を進めています。
エネルギー作物
化石燃料の代替となる再生可能エネルギーの確保は、地球温暖化対策の要です。中でもバイオ燃料は、カーボンニュートラルな燃料として注目されていますが、原料となる作物の多くは食料と競合するため、食料安全保障の観点から懸念があります。私たちは、非食用のセルロース系原料作物に着目し、その生産性向上と持続的栽培の実現を目指しています。エリアンサスとネピアグラスを有望な栽培対象として、根系調査、栽培技術の開発、栽培適地の特定など、様々な側面からアプローチしてきました。根系調査では、両種の深根性と高い根量が土壌の改善や炭素貯留に寄与することを明らかにしました。栽培技術では、ネピアグラスの条抜き多回刈り栽培による収穫期間の均等化と収量増加を実現しました。栽培適地の探索では、GIS解析と現地調査を組み合わせた手法を確立し、荒廃地での栽培の可能性を示しました。これらの知見と技術を統合し、セルロース系バイオ燃料の生産拡大に貢献することで、食料と競合しない持続可能な社会の実現を目指します。
作物の水利用
水は植物の生存に欠かせない資源であり、その獲得と利用の戦略は作物ごとに大きく異なります。特に、干ばつや水不足に直面する現代農業において、作物の水利用効率の改善は喫緊の課題と言えるでしょう。私たちは、マメ科作物、特にキマメとセスバニアに着目し、安定同位体を利用した水の動態解析や、根の構造と機能に着目した研究アプローチを通じて、作物の水利用の謎に迫ろうとしてきました。これまでの研究から、深根性のマメ科作物が水をめぐって興味深い適応戦略を持つことが明らかになりつつあります。私たちの目標は、作物の水利用の基本原理を解明し、それを農業現場に活かしていくことです。作物の水利用の研究は、食料問題という全人類的な課題の解決に向けた、重要な一歩となるでしょう。私たちは、基礎研究と応用研究を両輪として、この分野の発展に尽力していきたいと思います。
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