JOCVザンジバル活動報告

1.派遣

1-1.任地

タンザニア連合共和国ザンジバル キジンバニ

1-2.派遣期間

2008年1月9日~2008年9月8日

1-3.配属先

ザンジバル農業畜産環境省農業研究普及局キジンバニ農業試験場穀物部門.キジンバニ農業試験場では農作物(イネ科、マメ科、イモ類、野菜、香辛料)の育種および推奨品種選定試験、推奨品種の普及、組織培養、土壌分析、植物防疫を主な業務としている。ボランティアが所属する穀物部門は、イネ科作物(イネ、トウモロコシ、ソルガム等々)およびマメ科作物(ササゲ、ラッカセイ等々)の育種および推奨品種選定試験、推奨品種の普及(当部門所属の研究員が郡および村レベルの普及員に対して栽培指導を行い、各普及員が実際に農民への普及を担当する)を主な業務としている。

1-4.要請理由および期待される具体的業務内容

ボランティア要望調査票に記載された「要請理由」および「期待される具体的業務内容」を以下に示す。
「要請理由:ザンジバルにおける食糧自給率は人口増加に伴う農地減少により、1970年代の60%から1990年代では35%と低下をたどっている。特に、主要作物であるコメの生産量は90年代から横ばいであり、国内消費の多くを本土・海外からの輸入に頼っている。こうした現状に対処し、コメの自給率を向上させるため、ザンジバル政府はAICAD等との連携により、ネリカ稲(NERICA)の研究・普及を進める強い意向を有しているが、稲研究者・技術者の知識・技術が押しなべて低いことから、今回同政府はわが国に対して稲作分野の協力隊員の派遣を要請した。」
「期待される具体的業務内容:試験場内および農家圃場におけるネリカ実証試験を支援する。農業省研究者・技術者、および農民のネリカ栽培・普及に係る能力向上を支援する。キジンバニ農業研修所(農業専門学校)において、専門課程(Certificate Course)の学生に対し実地が中心の稲作(ネリカを含む)に関する講義を実施する。」

2.ザンジバル

2-1.概観

ザンジバルはタンザニア本土の東側30km(東経39度~40度、南緯4度50分~6度30分)のインド洋に位置し、2つの大きな島(ウングジャ島、ペンバ島)と小群島で構成される列島である。タンザニア連合共和国に属するが自治権を有する。列島の総面積は2,654km2(ウングジャ島:1,666 km2、ペンバ島:988 km2)。全人口は981,754人、人口密度370人/ km2、人口増加率は3.1%を記録している(2002年現在)。全人口のうち40%は都市近郊、60%は農村部に居住する。

2-2.気候

ザンジバルは亜熱帯性湿潤気候帯に属する。貿易風(6月~9月に南東から、11月~2月に北東から吹く季節風)の影響で2つの雨期を経験し(第1図)、年降水量は1,000mm~2,500mmと地域によって大きく異なる(第2図)。季節は、降水量の変化を基準として、Vuli(10月~12月:少量の降水)、Kaskazi(1月~2月:高温乾燥)、Masika(3月~5月:多量の降水)、Mchoo(6月~9月:比較的低温でわずかの降水)に4分類される。

第2図 Unguja島およびPemba島における降水量分布。出典Zanzibar Land Husbandry Improvement Programme:
Strategy and Action

2-3.土地利用形態

ザンジバルの土壌はウングジャ島とペンバ島で大きく異なり、それぞれの島内でも地域により性質の異なる土壌が広がっている(第1表)。そして、土壌分布、降水量分布、地形などの組み合わせにより地域特有の土地利用形態を見出すことができる(第3図)。


地形土壌特徴
Unguja     Mchanga  非石灰質の堆積土。土質は砂質~重粘土質まで幅広く、土色も赤色、褐色、赤褐色、黄色、灰色など。主に島西部に分布し、ココナッツやキャッサバが栽培される。  
Unguja     Kinongo  Mchanga 以外のほぼ全土。風化石灰岩の上に発達した高排水性の土壌。母岩の受けた風化時間によって成熟度(深度)が異なる。成熟土にはクローブ等の高栄養要求性の植物が栽培され、未成熟土にはココナッツや一年生作物が栽培される  
Unguja     Coral rag  最も未成熟な Kinongo で腐植質を多く含む土壌。土色は按赤色、黒色。島の 59 %を占める。移動式農耕で一年生作物が栽培される。  
Unguja     Kinamo  低排水性の砂質~重粘土質。島に点在。 Cheju の水田地帯が最大。  
Pemba高台Utasi  暗灰色、灰褐色の砂質土壌。セメントに利用される。  
Pemba高台    Semi-Utasi  Utasi が侵食を受け、その上に土壌層が発達し A 層か AB 層を形成。  
Pemba高台    Bopwe  高地に広がり、厚い A 層と赤黄色か赤褐色の B 層、 C 層を形成。  
Pemba高台    Ndamba  Utasi 周縁に広がる。深度 1m の硬盤層(不透水層)の上に青灰色の粗砂土が発達した構造のため雨期には冠水する  
Pemba    低地Mtifutifu灰褐色の砂質土。    
Pemba低地    Kinako  低排水性の重粘土壌。 Kinamo の類似。  
Pemba低地    Coral rag  島の 17 %を占める。
Pemba低地    Makaani  暗褐色の腐植土壌で Coral rag の中に点在 。
第1表 ザンジバルの土壌

3.ザンジバルのイネ生産

3-1.概観

ザンジバルでは約20,000haでイネが栽培されている。イネ栽培面積の内訳は、灌漑水田(水源から耕地まで用水路を使って灌漑水を供給する水田)450ha、天水田(土壌表面下10~20cmの土層を緻密化させて降水の地下浸透を抑制し貯水する水田)7,000ha、畑地(緻密化した土層がないために降水を貯水できない耕地)7,550haである。ザンジバル全体で約20,000t/年のコメが生産される。国民一人あたり約120kg/年のコメを消費するため、ザンジバル全体で約120,000t/年のコメ需要がある。したがって、約100,000t/年のコメが不足し、需要を満たすためにタンザニア本土あるいは国外からコメが輸入されている。


3-2.生産性


単位面積あたりの平均生産量は、灌漑水田で約4t/ha、天水田および畑地で約1t/haである。坪井専門家(JICAウガンダ)によれば,天水イネや陸稲を灌漑せずに栽培した場合、5日間合計降水量が20mm以下になると生育に障害を受ける。ザンジバルの雨期では、5日間合計降水量が20mmを越える日数は、Masika(3月~5月)、Vuli(10月~12月)とも90~95日しかない(第1図)。ザンジバルでは主に播種後130~180日で収穫可能となる品種が栽培され、それらの品種は生育の初期あるいは終期で5日間合計降水量が20mm以下となる期間に曝されて生育に障害を受ける。したがって、 天水田および畑地でイネを栽培すると、水不足のために灌漑水田よりも3t/haの減産となってしまう。

4.NERICA

4-1.NERICAとは?

NERICAとはNew Rice for Africaの頭文字を合わせた造語で、1996年にWest Africa Rice Development Association (WARDA、現Africa Rice Center)によって育成されたイネ品種群の総称である。2000年に西アフリカ各国でNERICA-1~7の試験栽培が開始され、それと平行して品種育成も継続された結果、2005年にはNERICA-8~18、2007年にはNERICA-19~40と名付けられた品種も公開されている。NERICA-1~40はいずれも陸稲(水田条件下、畑地条件下のいずれでも生育可能。ちなみに水稲は水田条件下のみで生育可能。)であるが、2007年には水稲品種NERICA-L 1~60(L:Lowland(水田)の頭文字)も公開されている。

NERICAはアジア起源の植物種Oryza sativa (アジアイネ)と西アフリカ起源の植物種Oryza glaberrima (アフリカイネ)との交配(種間交雑)で育成された。NERICAが育成される以前は、遺伝的にすでに別系統の両種を交配し次世代を得ることは非常に難しいと考えられていた。しかし、WARDA研究員Monty Jonesが試行錯誤の後に数粒の種籾を作出し、戻し交配法や葯培養法などの技術を駆使して短期間に実用品種の育成に成功した。

4-2.NERICAの特徴

NERICAは従来の品種では達成し得なかった様々な能力を備えた優良品種だというイメージが大きく伝えられている。例えば、「雑草を抑制する能力があり生産性が低下しない」、「病気に対する抵抗性があり生産性が低下しない」、「干害に強い」などは最もよく伝えられているNERICAの特長である。しかし、NERICAに関する試験データで審査機能を整えた科学雑誌に公表されたものは少なく、その多くが審査を過ず報告書に掲載されたものである。データ解釈に飛躍が多く、残念ながら、前述したような特長には科学的根拠が乏しいと言わざるを得ない。やはり、ここは冷静に科学的根拠のしっかりした事実のみに基づいて、NERICAの特徴を議論すべきであろう。そうした態度でNERICAに関する情報を精査すると、「播種から収穫までの日数が短い」と「単位面積あたり生産性が比較的高い」という2つの特徴を抽出することができる。NERICAは播種後90~100日前後で成熟し、アフリカ各地でこれまで生産されてきた多くの品種(在来品種)と比較して30~50日早く収穫可能となる。また、早く成熟する品種は生産性が低くなる傾向にあるが、NERICAは高い生産性を示す。ただし、NERICAよりも生産性の高い在来品種も多く、NERICAの生産性が際立って高いわけではない。したがって、地域によってはNERICAを導入してもイネ生産量が増加しない可能性があることを認識する必要がある。

5.ザンジバルにおけるNERICA普及の可能性

ザンジバルでは5日間合計降水量が20mmを越える日数がMasika、Vuliいずれの雨期においても90~95日しかない(第1図)。このため在来品種(播種後130~180日で収穫)を天水田や畑地で栽培すると、水不足による生育障害を受けて生産性が低下する(3-2.生産性)。それに対してNERICAは、播種後90~100日前後で収穫できる上に比較的高い生産性を示す(4-2.NERICAの特徴)。したがって、NERICAであれば 天水田や畑地 でも短い雨期を利用してその高い生産性を発揮する可能性がある。しかも、Masika、Vuliいずれの雨期でもNERICAの生育には十分な降水を確保できるため、NERICAであれば年二回の生産(二期作)も可能であろう(第4図)

第4図 ザンジバルにおけるNERICA栽培適期

ザンジバルのイネ耕地面積のうち70%以上(14,550ha)が 天水田か畑地 であり、これらの耕地へNERICAを導入する影響は小さくない。仮にこれらの全耕地でNERICAを栽培し、4t/haとは行かないまでも3t/haの生産性で二期作が可能になったとすると、14,550ha×3t/ha×2期作=87,300tのイネ生産を達成できる。そして灌漑水田からのイネ生産量450ha×4t/ha=1,800tを加えると年間の全イネ生産量は87,300t+4t/ha×450ha=89,100tとなる。そして脱穀および精米後のイネ重量を推定すると89,100t×0.66(精米歩合)=58,806tであり、これはコメ消費量120,000tの約50%を自給できる計算になる。さらに、NERICAであれば、これまでにキャッサバ、ヤムイモ、サツマイモ、トウモロコシ、ソルガム等々を栽培してきた耕地の一部をイネ耕地へ転換することも可能である(第3図)。そうした転作地からの生産量と合わせて自給率100%に近づける可能性も否定できない。

6.隊員活動

6-1.目標

ザンジバル政府は、コメ自給率の向上を目指しNERICAを積極的に普及する方針を打ち出している。そして2007年にキジンバニ農業試験場の主任研究員Mr. Khatibが中心となり陸稲NEIRCA14品種(NERICA-1~14)、水稲NERICA60品種(NERICA-L1~60)を用いた推奨品種選定試験を開始した。本試験では、NERICAがザンジバルで生育可能か調査すると同時に、その生産性を比較して優良品種を選定することを目指している。ボランティアは2008年推奨品種選定試験の計画立案、試験実施、データ解析等々において Mr. Khatib のアドバイザーとして活動することを要請された。着任後、 Mr. Khatib と会議を重ねた結果、以下に示す目標を掲げて活動することで合意した。なお、ボランティア要望調査票の「期待される具体的業務内容」で記述されている「キジンバニ農業研修所(農業専門学校)において、専門課程(Certificate Course)の学生に対し実地が中心の稲作(ネリカを含む)に関する講義を実施する」については、8ヶ月という任期とNERICA推奨品種選定試験の仕事量を勘案した結果、活動目標には含めないことで合意した。

6-1-1.目標1:推奨品種選定試験の資金獲得

Mr. Khatibは、2007年にAfrican Institute for Capacity Development(AICAD)から研究助成金を獲得してNERICA推奨品種選定試験を実施し、2008年もAICADの研究助成金を獲得して試験を実施しようとしていた。そこで、試験計画立案、試験計画書および予算書作成、計画書提出の各作業において Mr. Khatibへ助言する。

6-1-2.目標2:前年度試験結果の解析

着任時、2007年NERICA推奨品種選定試験において収集されたデータ群が手付かずのまま放置されていた。そこで、手書きデータのコンピュータ入力、データの統計解析および分析、試験結果に基づいた推奨品種(候補品種)選定、報告書作成の各作業において Mr. Khatibへ助言する。さらに、ザンジバルでこれまでに計測され続けてきた気象データ群および過去のプロジェクトで計測された土壌データ群を分析し、ザンジバルにおけるNERICA栽培適期および栽培適地を推定する作業についても Mr. Khatibへ助言する。

6-1-3.目標3:推奨品種選定のための圃場試験

2008年NERICA推奨品種選定試験において、試験圃場確保、各圃場を管理する研究員および研究補助員に対する技術指導、モニタリング、データ収集の各作業において Mr. Khatibへ助言する。

6-1-4.目標4:本年度試験結果の解析および推奨品種の選定

2008年NERICA推奨品種選定試験において収集された手書きデータのコンピュータ入力、データの統計解析および分析、さらに2007年および2008年試験結果に基づく推奨品種(登録品種)選定の各作業において Mr. Khatibへ助言する

6-1-5.目標5:研究員および研究補助員の能力向上

実験計画法(統計解析を念頭に置いた科学試験の実施手順)、コンピュータ操作法、コンピュータソフト(Microsoft Word, Excel, Power Point)活用法、実験装置使用法について Mr. Khatibを含めた研究員および研究補助員に対して助言する。

6-2.結果

6-2-1.結果1:推奨品種選定試験の資金獲得

2008年2月~2009年6月に実施する試験:第1期(2008年2月~2008年3月)、第2期(2008年4月~2008年6月)、第3期(2008年8月~2008年11月)、第4期(2008年12月~2009年3月)、第5期(2009年4月~2009年6月)について、試験内容を立案し試験計画書および予算書を作成した。第1~3期試験については既にAICADから研究助成金が供与され、第4期および第5期試験については助成金供与の内諾を得た。そして、第1期および第2期については試験を終了し、第3期の試験を開始した。着任当初、ザンジバル政府は国内でNERICAを普及する意思を表明していたものの、推奨品種選定試験以降の普及目標や活動内容について具体的な青写真を持っていなかった。そこで、推奨品種選定試験を含めたNERICA普及に関する活動計画(マスタープラン)および作業日程(ロードマップ)を作成し、ザンジバル政府の承認を得た。

6-2-2.結果2:前年度試験結果の解析

<2007年NERICA推奨品種選定試験>

2007年NERICA推奨品種選定試験において収集された収量(単位面積あたり収穫量)および収量構成要素(収量を決定する4つの変数:①1株あたり穂数、②1穂あたり籾数、③登熟歩合(コメになる籾数/全籾数)、④千粒重(籾1000粒の重さ))の手書きデータをコンピュータ入力し統計解析(分散分析および多重比較検定)および分析を行った。しかし、その過程で試験設計に重大な欠陥が含まれていることを発見した。科学試験は、試験計画(仮説設定)、試験実施、データ分析(論文作成)の三要素で構成され、データ分析に基づいた実証的な議論を行うために実施される。したがって、科学的なデータ分析(統計解析に基づいたデータ解釈)が可能となるように試験計画は立案され、それに従って試験は実施されなければならない。科学的なデータ分析を可能にする試験実施方法を実験計画法という。2007年試験では、実験計画法における反復の確保(試験の信頼性を高めるために同じ試験を同一環境下で複数回実施すること)および対照区の設定(本試験では在来品種が対照区に相当し、収量におけるNERICAの優位性を示す方法)が欠落していた。その結果、推奨品種選定作業において2007年試験結果を利用するのは困難であると結論付けた。当初は、2007年および2008年試験結果を総合的に分析し、2008年末までに推奨品種を選定する計画であった。しかし、この事態を受けて再試験実施を余儀なくされ、第3~5期計画を当初計画から大幅に変更すると伴に推奨品種選定時期を1年間延長せざるを得なくなった。そして、不満足な内容ではあるものの、報告書を作成しAICADへ提出した。

<気象および土壌データ>

キジンバニ農業試験場(ウングジャ島)とマタンガトワニ農業試験場(ペンバ島)で計測されてきた気象データ(気温、降水量)を分析しNERICAの栽培適期を推定した(第4図)。さらに、Food and Agriculture Organization(FAO)監修のZanzibar Land Husbandry Improvement Programme: Strategy and Action Planに記載された土壌データおよび農業生態系データを分析しNERICAの栽培適地を推定した(第5図)。

第6図 Unguja島(左図)およびPemba島(右図)におけるNERICA栽培適地

6-2-3.結果3:推奨品種選定のための圃場試験

2008年NERICA推奨品種選定試験においては、陸稲NEIRCA14品種(NERICA-1~14)と水稲NERICA60品種(NERICA-L1~60)がザンジバル各地で生育可能か調査すると同時に、その生産性を在来品種(陸稲:BKN SUPA(Unguja島)およびTOX(Pemba島)、水稲:SUPA BC)も含めて比較することでザンジバルに適したNERCA優良品種を選定しようとした(陸稲の在来品種は各島で一般的に栽培されている品種をそれぞれ採用した)。陸稲NEIRCAの試験地にはUnguja島の畑地1ヶ所(Kizimbani)と天水田2ヶ所(Upenja、Cheju)Pemba島の畑地1ヶ所(Mwatanga twani)と天水田1ヶ所(Msaani)の合計5ヵ所を確保し、水稲NEIRCAの試験地にはUnguja島の水田1ヶ所(Mwera)を確保した。さらに、水稲NERICAにおけるイネ黄斑病に対する罹患程度を観察するため、ペンバ島の水田1ヶ所(Mangwena)にも試験地を確保した。試験開始前、試験に関係する研究員および研究補助員をキジンバニ農業試験場に招集し、栽培技術およびデータ収集法について講義した(第7図)。2008年2月下旬から3月初旬に各試験地で耕起(土を掘り返す作業)と砕土(土塊を砕く作業)を行い、3月中旬から4月初旬(雨期開始直後)に試験区割付(各品種の栽培面積および栽培位置を決定する作業)および播種を行った(第8図)。播種後、除草(2~3回)、施肥(2回)、生育観察、鳥追いの各作業を適宜行い、2008年6月下旬から7月初旬に収穫およびデータを収集した(第9図)。ウングジャ島のキジンバニ試験地およびペンバ島のマタンガトワニ試験地では、収穫直前にFarmers Field Dayを開催し、各郡の普及員が選出した農家に対して陸稲NERICAを紹介した(第10図)。

6-2-4.結果4:本年度試験結果の解析および推奨品種の選定

2008年NERICA推奨品種選定試験において収集した収量および収量構成要素の手書きデータをコンピュータ入力し統計解析および分析を行った。

<陸稲NERICA結果>

試験結果に基づいて論文を執筆した.詳細はそちらを参照.

<水稲NERICA結果>

第11図は、ムウェラにおける水稲NERICAおよび在来品種(SUPA BC)の収量を示す。NERICAの収量はいずれの品種もSUPA BCより有意に低かった(P =0.005)。これは、生産性において水稲NERICAを積極的に推奨することはできないことを示している。

第11図 ムウェラにおける水稲NERICAおよびSUPA BCの収量

水稲NERICAにおけるイネ黄斑病に対する罹患程度を観察するため、ペンバ島のマングウェナにも水稲NERICAを栽培したが、全てのNERICA品種で罹患を観察することはできなかった。周辺圃場で栽培されている在来品種にも罹患を観察することができなかったため、そもそもマングウェナにおけるウィルス密度が低かった可能性がある。 イネ黄斑病 は汚染地域が移動する特徴を持つ。過去の病気発生記録からマングウェナが試験地に選抜されたが、すでに汚染地域ではなくなっている可能性があり、試験地を選定しなす必要があろう。

<推奨品種選定>

当初目標によれば、2007年および2008年試験結果に基づき推奨品種(登録品種)を選定することになっていた(5-1-4.目標4:本年度試験結果の解析および推奨品種の選定)。しかし、2007年試験を推奨品種選定作業に利用することは困難であることが判明した(6-2-2.結果2:前年度試験結果の解析<2007年NERICA推奨品種選定試験>)。したがって、今回は種子増産用の品種のみ選定した。

6-2-5.結果5:研究員および研究補助員の能力向上

第1~5期試験計画の立案(6-2-1.結果1:推奨品種選定試験の資金獲得)、2007年NERICA推奨品種選定試験の解析(6-2-2.結果2:前年度試験結果の解析)、2008年NERICA推奨品種選定試験の解析(6-2-4.結果4:本年度試験結果の解析および推奨品種の選定)を実験計画法(6-2-2.結果2:前年度試験結果の解析)に従って実施し、その内容について研究員に指導した。データ分析は、統計解析を基に実施される。主要な統計解析法はMicrosoft Excelに搭載されているため、実験計画法を指導する際にはExcel操作法も同時に指導した。また、第1~5期試験計画書の作成(6-2-1.結果1:推奨品種選定試験の資金獲得)、2007年NERICA推奨品種選定試験の報告書作成(6-2-2.結果2:前年度試験結果の解析)、2008年NERICA推奨品種選定試験の計画書(6-2-1.結果1:推奨品種選定試験の資金獲得)および報告書作成(6-2-4.結果4:本年度試験結果の解析および推奨品種の選定)においてはMicrosoft Wordを使用し、その操作法を研究員に指導した。

6-3.課題

陸稲NERICAを低排水性の重粘土壌で栽培すると、激しい降水で圃場が冠水し、発芽および幼植物体の生育が抑制されて収量が低下した。これに対して、高排水性の砂質土壌で栽培すると、冠水した水が比較的短時間で排水され収量は高く維持された。2008年試験では、試験地数が多いことにより、短期間で一気に播種作業を終了させることが極めて困難であった。このため、雨期開始直後にキジンバニの畑地で最初の播種を行ってから、チェジュの天水田で最後の播種を終了するまで約2週間を要した。チェジュの播種日は雨期開始から2週間以上も経過しており、その間に大量の降水が圃場へ供給されたため、播種直後に圃場が冠水する事態に陥った。もし、チェジュでもキジンバニと同様に雨期開始直後に播種作業を実施していれば、冠水の影響を受けずに多くの種が発芽し、幼植物体の生育抑制も軽減できたため、収量低下を回避できたかもしれない。したがって、低排水性の天水田における陸稲NERICA栽培では、播種時期を早期化し圃場が冠水する以前に植物体を充分に生育させておくで、収量低下を抑制できる可能性がある。また、低排水性の天水田では、陸稲NERICAではなく水稲NERICAを栽培することで、高い収量を確保できる可能性もある。圃場が冠水した状態とは、まさに水田状態を意味する。天水田が充分に冠水するまで苗床で陸稲NERICAの苗を生育させ、冠水(水田化)後に苗を移植することで天水田を水田のような状態で利用できるはずである。水稲NERICAも生育日数が短く、雨期の間(天水田が冠水している間)に収穫可能であり、高い収量を確保できるかもしれない。水田で高い生産性を示すSUPA BCは、天水田で生産性が低下することが知られている。水田稲作において水稲NERICAを推奨する積極的な根拠は乏しいことが明らかになったが、天水田稲作ではSUPA BCよりも水稲NERICAの生産性が高い可能性がある。今後は、こうした課題に取り組む試験を実施する必要がある。

7.ザンジバルにおけるNERICAの今後

7-1.推奨品種選定試験

任期終了直前から始まった第3期NERICA推奨品種選定試験(2008年8月~2008年11月)が任期終了後も継続され、その内容は第4期試験(2008年12月~2009年3月)、第5期試験(2009年4月~2009年6月)へと継承される(第2表)。第5期試験終了後、全試験(第1~5期)結果を総合的に分析し推奨品種2種を選定する。2009年9月、サンバル農業畜産環境省NERICA推奨品種選定委員会を開催し、ザンジバル政府として正式にNERICA推奨品種を登録する(第2表)。

7-2.種子増産

Farmers Field Dayに参加した農家は一様にNERICAの生産性に驚いていた(第10図)。彼らの見学した圃場は完全な畑地であり、これまでトウモロコシやキャッサバしか生育しなかった土地でイネが生育していることに感動し、どの農家も早急な種子配布を希望していた。NERICAマスタープランによれば、2010年Masika(3月~5月)からの栽培を目指して、2010年2月に農家への種子配布を実施することになっている。通常、Masikaの降水量はVuli(10月~12月)よりも多く、NERICA栽培が成功する確率も高い(第1図)。新品種の普及には農家圃場における初年度の栽培成績が非常に重要であり、Masikaに栽培を開始することで栽培成績を高めようとする意図がある。2009年9月推奨品種登録以降、最初のMasikaということで種子配布をこの時期に決定した。NERICAの潜在能力は高く、農家も大きな興味を示していることから、短期間での普及効果(栽培農家数あるいは栽培面積の拡大)が期待できる。種子配布開始直後から普及効果を上げるためには、可能な限り多くの種子を確保し、可能な限り多くの農家へ配布していく必要がある。そこで、推奨品種選定試験に平行して種子増産を行う特別計画を策定した(第2表)。この計画は、ザンジバル農業畜産環境省から既に承認され、近々執行予算も措置される予定である。

7-3.普及

2010年Masika(3月~5月)から農家が確実にNERICA栽培を開始できるようになるためには、2010年Masikaまでに種子配布が完了し、農家に対する栽培前の技術講習および栽培中の実地指導を行う必要がある。いずれの活動も群および村レベルの普及員が実務を担当するため、普及員との連携を強化しなければならない。種子増産計画では、各地から選抜した農家の圃場においてもNERICA栽培を実施する(第2表)。その際、選抜農家および普及員に対する技術指導を実施するが、この機会を可能な限り利用して普及員との連携強化を図っていく。

季節試験種子生産
 2008 8月  Mchoo  第 3 期試験   
  9月(離任) Mchoo    第 3 期試験     
  10月 Vuli 第 3 期試験    第1期および第2期試験の結果から生産性を基準に
  11月 Vuli   第 4 期試験    NERICAを順位付け、上位5品種をキジンバニ農業試  
  12月 Vuli   第 4 期試験    験場の種子増産用圃場で栽培する。この栽培で各 
 2009 1月 Kaskazi 第 4 期試験    品種55㎏の種子を確保する。  
  2月 Kaskazi   第 4 期試験     
  3月 Masika  第 4 期試験    上位5品種をキジンバニ農業試験場およびUnguja島
  4月 Masika   第5 期試験   から選抜した15農家の畑で栽培する(選抜農家およ   
  5月 Masika   第5 期試験    び普及員に対して栽培技術指導を実施する)。  
  6月 Mchoo 第5 期試験    この栽培で各品種約2tの種子を確保する.
  7月 Mchoo   結果分析 
  8月 Mchoo    推奨品種選定(上位5品種から推奨品種2品種が選抜される予定)
   9月  Mchoo    推奨品種登録 
  10月 Vuli 登録2品種をKizimbani農業試験場およびUnguja島、
  11月 Vuli   Pemba島から選抜した20農家の畑で栽培する(選抜  
  12月 Vuli   農家および普及員に対して栽培技術指導を実施す  
 2010 1月 Kaskazi   る)。この栽培で各品種約14tの種子を確保する。  
   2月 Kaskazi    種子配布 
  3月 Masika 農家によるNERICA栽培開始 
  4月 Masika    
  5月 Masika