Field Survey: 荒木先生

 山口大学農学部 荒木准教授が,2011年2月23日から3月17日までの23日間を掛けて,タンザニア東部,北部,北東部で実践されている灌漑稲作,天水田稲作,陸稲作の実態を調査した.

2月23日 Dar es Salaam →Mikumi
2月24日 Mikumi→Ifakara
2月25日 Ifakara→Ulanga→Ifakara
2月26日 Ifakara→Kilosa→Morogoro
2月28日 Morogoro→Kiroka→Morogoro
3月1日  Morogoro→Dakawa→Singida
3月2日   Singida→Mwanza
3月4日   Mwanza→Kahama→Bukombe→Mwanza
3月7日   Mwanza→Serengeti→Mwanza
3月9日   Mwanza→Monduli
3月10日 Monduli→Arusha
3月11日 Arusha→Meru→Moshi
3月15日 Moshi→Korogwe→Tanga
3月16日 Tanga→Muheza→Tanga
3月17日 Tanga→Dar es Salaam

<総括>

今回の調査を通じて,タンザニア稲作の多様性を改めて実感した.それは,いわゆる「灌漑稲作」,「天水田稲作」,「陸稲作」に分類できるものから,3つの稲作の利点を抽出して組み合わせたようなものまで,まさに多種多様であった.それぞれの土地で獲得できる水資源を効率的に利用するために多様な栽培方法が発展してきたのであろう.タンライスフェーズ2では,全ての稲作体系で生計を立てる農家に対して技術協力を実施することが計画されている.タンザニア稲作の多様性を充分に理解することが,プロジェクト成功の鍵になると痛感した.

今回の調査では,想像以上に多くの在来品種が栽培されていることも知った.さらに,多くの農家が自分なりに各品種の特性を理解し,それらを活かした栽培方法を実践していることも興味深かった.例えば,Mwanzaの農家は,食味が良く収量の高い「Kahogo」を栽培したいのだが,「Kahogo」は乾燥に弱いため,比較的乾燥に強い「Supa」,「Sukari sukari」,「Sindano」を栽培しているそうだ.一方,Korogweの農家は,数年前から降水量が減少傾向にあることから,「Supa」よりも生育期間が短いため要水量も少ない「Wahiwahi」を栽培しているという.世界のイネ生産発展に品種改良の果たした役割は大きい.新品種の育成事業は,多様な遺伝資源を確保することから全ての活動が始まる.今後,タンザニア稲作が大きく発展する中で品種育成事業の果たす役割が大きくなる可能性もあり,現存する遺伝資源を保存する何らかの支援の必要性を感じた.

調査には,荒木准教授の研究室で研修予定のMr. Kaozya(Ilonga農業研修所)とMr. Shayo(Kilimanjaro Agricultural Training Centre: KATC)も同行した.山口大学在学中に取りくむ予定の研究内容について荒木 准教授とじっくり議論する時間を持つことができた.その結果,タンザニア出発前に実施すべき課題も明確になったので非常に有意義な時間となった.また,タンザニア各地で実践されている多種多様な稲作を観察し,農家と議論する機会を持ったのは両名にとって初めての経験であった.それら多様な稲作について荒木 准教授が科学的に解説する姿勢は,知識を宝の持ち腐れとせず,現場の問題解決に役立てようとする両名の意欲を多少なりとも駆り立てたようだった.この経験は研修教官としての能力向上に大きく役立つだろう.

調査の詳細について,「NERICA圃場」,「NERICA種子配布」,「陸稲圃場」,「天水田圃場」,「小規模灌漑圃場」,「灌漑地区」,「精米所」,「第8回運営委員会」,「試験場,研修所」に分類して以下に記載した.

<NERICA圃場>

Chilombora(Ulanga)

訪問時,小学校裏にNERICA展示圃場を設置していた.研修通り,ロープと杭を駆使して播種していた.また,中核農家の圃場も研修通りに播種されていた.今後も順調に降雨があることを祈るばかりだ.

Bukombe

BukombeのNERICA圃場を訪問.MATI-UkiriguruによるNERICA農家研修の直後で,訪問時,圃場は耕起が済んだばかりであった.普及員が保管している栽培計画表によると,2日後(3月6日)から各農家(中核農家,中間農家)が順次播種していくという.後日確認したところでは,3月5日に降雨があり,無事に播種作業を始められたらしい.今後も順調に降水があることを祈るのみだ.

Muheza

Muheza県のNERICA圃場を訪問.農家は畑の耕起,堆肥施用を終え,播種するために本格的な雨期の始まりを待っていた.中核農家は,研修以降,毎週火曜日に中間農家のみならず普通農家へも知識を伝達する会合を開いているという.その結果,多くの農家がNERICA種子を要求し始めているということで,急遽KATCのスタッフと相談し,約80kgのNERICA種子をMuheza県に送付することで調整した.訪問の翌日,激しい降雨があり,おそらく播種作業を始めたのではないだろうか?上手く育つことを祈るばかりだ.ちなみに,MuhezaではSupa 80,Moshi wa sigara,Makigendaと言った在来品種を栽培しているらしい.

<NERICA種子配布>

Gereza村(Korogwe県)を訪問.Korogwe県は,NERICA研修を実施する方向でKATCと交渉を続けてきたが,予算を確保できず研修実施を断念した.NERICA研修を実施前,事前交渉のためにKorogwe県庁を訪問した際,Gereza村も訪問した.Gereza村の農家は事前交渉の際に訪問したいずれの村の農家よりも研修参加に強い意欲を示していたのだが,不幸なことに県庁の予算不足で研修参加を断念せざるをなかった.そこで,農家の期待に応えるべく,荒木准教授の調査でGereza村を訪問する機会を利用し,中核農家に選出されていた16農家に対してNERICA種子とNERICA栽培ガイドを配布した.

<陸稲圃場:Chilombora(Ulanga)>

Chilomgora(Ulanga県)には,山の斜面を切り開いた畑での陸稲栽培,トウモロコシと陸稲の間作,平地での大規模な陸稲栽培等々,様々な栽培形態で陸稲が栽培されていた.

<天水田圃場>

Mwanza

Mwanzaの天水田圃場を訪問.訪問直前に大きな降雨が数回あったそうで,多くの圃場に水が貯まっていた.緩やかな傾斜地に圃場を造成しているため,田面水の大部分が斜面を流れ落ちてきた表面流水で占められているという.降雨が停止しても数日間は表面流水があり,1回の大降雨で1月間ほど圃場を湿らせておくことができるらしい.したがって,1作で5~6回の降雨があれば,ある程度の収穫を見込めるという.多くの農家が,この水を利用して耕起,均平,移植を行っていた.Sukari sukari,Sindano,Kahogo,Supa,Kalamata,Bokobokoと言った品種を栽培しているという.


Shinyanga

Nata(TaboraとShinyanga境界付近)の天水田で作業する農家に話を聞くことができた.これまでに2回の大きな降雨があり,1回目の降雨後に耕起,代掻きを行い,2回目の降雨後に移植したらしい.放牧された牛による食害を避けるため,家屋付近で苗床を作るそうだ.比較的若い苗を移植しているものの,乱雑植えになっていた.移植が終わると畦を切り崩し,隣接圃場に水を流して,その圃場に移植するという.ちなみに写真の農家はKATCで集団研修を受講した経験があるという. 

多くの農家が,1月の降雨直後に苗床へ播種.それ以降,降雨もなく,灌水もせずに放置していた苗を移植していた.そのような苗が枯死せずに生き延びたことも驚きだが,農家の経験では,そうした苗も移植後,十分に生育が回復するらしい.

Mwanangwa(Misungwi)の天水田を訪問.SUPAらしき品種が広大な土地で栽培されていた.天水田の表面は乾いていたが,側の窪地(約20m×30m)には水が貯まり,地下水の高いことが伺えた.

Bunda

Bundaの天水田を訪問.70~80cmの高さまで土塊を積んだ独特の畦を観察.折角の畦も降水不足であまり役に立っておらず,植物生育は大きく阻害されていた.別の農家は,サイフォンで表面流水を圃場へ導入し,より多くの水を利用して何とか収穫までこぎ着けていた.また,この圃場では,Singa singaと呼ばれるいもち病に掛かったような粒色の品種が栽培されていた.

<小規模灌漑圃場>

Kahama

Kahamaの小規模灌漑圃場を訪問.約20年前に周辺農家が集まり,湧き水から水路を引いて水田を灌漑する稲作を始めたらしい.農家間の合意に従って水を分配し,水源や水路の清掃もしっかりと行われていた.

Mwanza

ビクトリア湖畔の小規模灌漑圃場を訪問.湖から圃場付近まで水路(数十メートル)を掘り,その水をポンプで揚水して圃場を灌漑.Supa,Sukari sukari,Sindanoが栽培されていた.農家によれば,食味が良く収量の高いKahogoを栽培したいのだが,Kahogoは乾燥に弱いため,比較的乾燥に強いSupa,Sukari sukari,Sindanoを選択しているという.

Serengeti

Serengetiの小規模灌漑圃場を訪問.約15年前,NGOの支援で貯水池を建設.その後,県の支援で用水路を整備し,比較的安定して灌漑用水を確保できるようになったという.ただし,本年は水不足で,訪問前日の降雨により,ようやく圃場が潤ったらしい.貯水池を利用して,25農家が稲作を営んでいる.NGOによってMorogoroに派遣された農家代表の持ち帰った品種を「Morogoro」と呼んで現在でも栽培している.他に,Supa,Sindano,Kahogoといった品種も栽培.

<灌漑地区>

Mahande

Mahande灌漑地区を訪問.訪問時,多くの圃場で耕起,代かき,均平,移植が行われており,灌漑地区全体に活気が満ちていた.移植された苗はいずれも直線植えになっており,タンライス研修の効果が着実に浸透していることを伺わせた.Mahande灌漑地区では水不足のため,「本田準備」と「移植」を行う圃場へ優先的に水を供給し,移植後の圃場は7~10日毎に水を供給することで合意しているそうだ.しかし,合意に従わず,ポンプで揚水しようとする農家や水門を勝手に開いて導水しようとする農家があり,Scheme managerは対応に苦慮していた.

そんな中,水不足に対処する非常に面白い栽培法を試みる農家がいた.Mahande灌漑地区では,通常1月半ばに播種し2月初旬に移植する.しかし,近年,代かきや移植時に十分な水を確保できないため,苗立ち不良による減収が頻発するようになった.また,両作業の労賃が生産コストに占める割合は非常に大きい.そこで,この篤農家は,周囲の農家がマメ科作物を栽培する11月~12月の少雨時に『直播』することで,大量の水を使用せず生産コストを削減しようとしているのだ.マメ科作物は大量の灌水を必要としないため,イネの苗立ち期に生育に十分な水量を確保することができる.また,通常ならば代かきと移植に利用するはずの大量の水を栄養成長期の灌水に利用し,分茎数を増加させることもできる.その結果,昨年度は通常の栽培法を実践した他農家よりも収量が高くなったそうだ.直播は雑草が出やすいため除草に労賃が掛かってしまうものの,代かきと移植の労賃に比べれば大幅に抑えることができる.この結果は大きな反響を呼び,直播栽培を実践する他農家も出てきたと言うことだ.訪問時,他圃場に比べて直播圃場のイネは多くの分茎を確保し,根張りも旺盛であるように見えた.水不足への一つの対処策として一考に値する栽培法だろう.

Lekitatu

Lekitatu灌漑地区を訪問. KATCによる農家研修前と後の生産性変化について普及員から概説を受けた.栽培技術は,高い水準に及んでおり,マーケティング問題の比重が相対的に高くなっているという印象を持った.

Lower Moshi

Lower Moshi灌漑地区を訪問.頭首工へ流れ込む水量が年々減少する中で,各圃場へ水を分配する調整作業が困難を極めている状況についてScheme manager(Mr. Makange)から概説を受けた.また,RYMV様病害が前回調査時(2010年12月)よりも拡大している印象を受けた.

<精米所>

Mwanzaの小規模・中規模精米所を訪問.訪問時,両精米所とも精米機をフル稼働させて精米していた.中規模精米所には選別機が設置され,精米は3等級に選別されていた.1等米はDar es Salaamの市場へ輸送されてTsh. 1,200~1,300で取引され,2等米,3等米(くず米)はMwanza周辺で取引されるという.

<第8回運営委員会>

Ukiriguru農業研修所で開催された第8回運営委員会の3日目に参加.本土およびザンジバル研究員による活動報告に続いて,荒木准教授が「水欠乏条件下におけるイネ増収戦略」と題してセミナーを行った.2010/2011年作期では,各地で水不足が発生していることもあり,多くの参加者が内容に強い関心を寄せていた.水欠乏条件下でイネを増収するには,「根の吸水能力」と「葉や茎に貯蔵された炭水化物の再利用」を促進させる戦略があるとのこと.まず,吸水量を高めるために大きな根を発達させることが重要で,茨城農業試験場が根量を拡大することで乾燥に強い陸稲を育種した事例が紹介された.また,イネは葉や茎に貯蔵した炭水化物も再利用し穀粒を増大させる.開花期以降の乾燥は,貯蔵炭水化物の再利用を促進し,穀粒肥大を促進(収量を増加)させる.この性質を利用すれば,節水栽培でもイネ収量を増加させることが可能で,その理論的背景に関する解説があった.

<試験場,研修所>

Kilombero農業研修研究所(KATRIN)

KATRINを訪問した.種子倉庫,実験室,ガラス温室,網室を見学し,Officer-in-ChargeのMr. Kibandaと技官のMr. Kisakaに面会した.山口大学修士課程で研修中のMr. Kitiluは,修得した知識や技術をKATRINが実施する研究活動の中で活用することが期待される.今回の訪問では,荒木准教授がKATRINの研究施設や今後の活動計画を把握し,それらの情報を指導内容に反映することで,研修効果を向上させる意図があることを伝えた.

MATI-Ilonga

Mr. Kaozya(山口大学派遣予定)の所属するMATI-Ilongaを訪問した.Luhembe校長の案内で,教室,ドミトリー,図書館,学生圃場,講堂,食品加工場,畜舎,水田を見学した. 

MATI-Ilongaの圃場では,IR64,SARO,Wahiwahiが展示栽培されていた.早生と言われているWahiwahiの生育が未だ出穂期であるのに対して,同時に播種したIR64とSAROは既に登熟期に入っていた.同様な現象は昨年も観察されたそうだ.Wahiwahiは日長感応性が強いと言うことであろうか?

ARI-Dakawa

ARI-Dakawaを訪問し,Mr. Mvukiyeの案内で試験圃場を見学した.訪問時は,播種直後で植物体を観察することはできなかったが,広大な圃場がしっかり整地されている様子を観察することができた.当試験場では,IRRIの試験以外に研究活動は全く行われておらず,圃場はASAから依頼された種子の増産と研究員の副収入用にコメが生産されているだけだった.