Field Survey: 夏秋先生1

2010年3月1日~7日

東京農大 夏秋教授とその指導生Mr. Emmanuel Mgonjaに同行し,Zanzibar(Mwera灌漑地区,Mtwango灌漑地区,Cheju灌漑地区,Bunbwi Sudi灌漑地区),Moshi(Lower Moshi灌漑地区、Musa Mwijanga灌漑地区),Muru(Lekitatu灌漑地区),Monduli(Mahande灌漑地区)、Tanga(Segera農家圃場),Morogoro(Ilonga農業研修所、Kiloka灌漑地区)を訪問し,Rice Yellow Mottle Virus(RYMV)を調査した.

<夏秋教授>

夏秋教授は東南アジアを中心とした途上国からの留学生受入に大きな実績を残している。Mr. Mgonjaの指導にもその経験が大いに発揮されていると実感した。Mr. Mgonjaがタンザニアへ帰国後もKilombero農業研究研修所(KATRIN)の施設環境で実施可能な研究手法および技術(RYMV簡易検査キット)の開発に注力する姿勢には感銘を受けた。また、最新技術を身につけた留学生が帰国後に同僚研究者から敬意を受け、円滑な研究活動が可能になる状況を頻繁に目撃した経験から、最新技術も満遍なく指導する視点にも目を見開かされた。調査最終日に実施したRYMVセミナーは、専門外の者でも容易に理解できる内容で、大いに勉強となった。

<Mr. Mgonja>

長期研修員に選出された人材だけあり、他の研究員と比較して能力は高いという印象を持った。日本人学生でも理論的背景を理解せずに実験を実施している場合が多いのだが、Mr. Mgonjaは自分の実施している実験についてよく理解していた。また、タンザニア研究員には備わっていない研究への探求心が芽生え始めているようであった。夕刻、ホテルへの岐路を急ぐ日本人を尻目に、感染個体を求めて水田を走り回る姿は感慨深かった。夏秋教授の指導の賜であろう。筑波での研修を含め日本滞在期間も約2年が経過して日本人の習性を理解してきたようで、日本人にとって理解不能な行動を取ることもなくなっていた。残る1年間で大いに研究内容および日本人への理解を深化させて貰いたい。

<RYMV>

タンザニアの稲研究員は、RYMVについて説明する際に、「The disease, which is endemic to Africa, can cause up to 100% yield loss」という表現を使い続けてきた。この記述は、RYMVに感染したイネ圃場は全体が枯死し、その圃場からは全く収穫物を得られない状況を想像させる。しかし、私はタンザニアに赴任して以来、全面が枯死するようなイネ圃場を目撃した経験はなく、常々、研究員の表現に疑いを持ち続けてきた。

夏秋教授によれば、昆虫がRYMVの伝播を媒介するため、菌病が胞子を放出して数日中に圃場全体へ伝播するのに比較して、その伝播速度は非常に遅く、多くの場合、パッチ状に感染個体が出現した頃には収穫時期を迎えてしまう。今回の調査でも、10地区のうち4地区でのみ、感染症状を示す個体を20~50個体/haという非常に低い頻度でパッチ状に観察した(表参照)。長時間を掛けてパッチ状に伝播するのであれば、発見次第抜き取ることで容易に感染拡大を防止できる。「100% yield loss」に陥るのは感染個体のみで、圃場全体が枯死するほどの激甚被害になる可能性は極めて低いのではないか?

驚くべきことに、RYMVを研究していると自称する研究員が圃場条件下でRYMV感染植物個体を観察したことがないという。研究者としての資質を疑ってしまうような事実であるが、これがタンザニアにおける研究の状況を端的に表しているのかも知れない。欧米の研究者が論文の量産化を狙えるニッチ研究としてRYMVを取り上げ、実態と掛け離れた純粋科学を追究した結果、科学情報を欧米に依存する地元研究員の知識までもが実態から掛け離れてしまったのではないだろうか?今後も調査を継続する必要があるだろうが、今回の調査結果はRYMVが重要病害ではない可能性を示唆している。

地域観察地RYMV写真
ZanzibarMwera前作でRYMVが発生した位置に苗床を作成したものの感染を確認できなかった。また、隣接圃場の収穫直前個体群にも感染を確認できなかった。
Zanzibar Mtwango感染個体を確認することはできなかった。また、農家によれば、RYMV様病徴を経験したことはないとのことであった。
Zanzibar Bunbwi Sudi収穫直後で植物体がなかった。なし
MoshiLower Moshi中位葉が黄変しRYMV感染を疑わせる数個体を発見した。なし
Moshi Musa Mwijanga中位葉から上位葉が斑点を伴って黄変し、草丈も低くなるRYMV感染時に特徴的な症状を見せる数個体を発見した。
ArushaLekitatu中位葉が黄変しRYMV感染を疑わせる数個体を発見した。
Arusha Mahande確認できなかった。なし
MorogoroMATI-Ilonga中位葉から上位葉が斑点を伴って黄変し、草丈も低くなるRYMV感染時に特徴的な症状を見せる数個体を発見した。簡易検査キットもRYMVを検出した。
Morogoro Ilonga確認できなかったなし
Morogoro Kiloka中位葉が黄変しRYMV感染を疑わせる数個体を発見した。

その他(Segera)

Segeraでは1月の大降雨以降、全く降雨がなく、大降雨直後に播種したイネは全個体が枯死ししていた。NERICA1の播種時期は他品種の播種時期に遅れたことから、既に水不足に陥っていたらしく、多くの種子が未発芽で辛うじて枯死を免れていた。本格的に雨期が始まれば発芽する可能性は高い。さらに、半量の種子が残されており、雨期さえ始まれば何とか栽培を再開できるだろう。