植物スプリンクラー(Plant sprinkler)

以前に執筆したものの,陽の目を見なかった記事をこちらに掲載します.本稿の執筆にあたっては,矢野勝也氏(名古屋大学)と荒木英樹氏(山口大学)に大いにアドバイスを頂きました.

この研究内容はテレビユー福島の科学番組「E!気分」で放映されました。

植物の根を灌水装置として利用する:Hydraulic liftの活用

 

1. はじめに

読者の皆様は,植物の根が,土壌から「吸水」するだけではなく,土壌へ「放水」することを御存知だろうか?私たちは,植物の根に発生する「放水」現象を利用して作物を灌漑する「植物スプリンクラー」について研究を続けている.これまでに,ザンビアの圃場試験で「植物スプリンクラー」を実証し,国内のプランター試験を元に「放水」の促進技術を提案した(Sekiya and Yano, 2004).また,「植物スプリンクラー」の技術化を阻害する要因を指摘し,その解決策についても議論した(関谷・矢野,2004).その後,新たに実施した一連の試験を通じて,解決策の有効性が確認された.そこで,本稿では,その研究成果を紹介したい.

 

2. 植物の根による「放水」

私たちの研究成果を紹介する前に,まずは「放水」のメカニズムについて簡単に解説する(図1).植物の根による「放水」は,「吸水」と同じ原理で発生する(Caldwell et al. 1998; Jackson et al. 2000).植物は,日中,気孔を開いてCO2を獲得する際,不可逆的に体内から水分を損失してしまう(図1a).これが蒸散である.蒸散は,導管内の水ポテンシャルを低下させるため,土壌から導管に向けて水ポテンシャル勾配が発生する.土壌中の水が,この勾配に沿って導管内へ流入する過程を「吸水」と呼ぶ.流入した水は導管内を上昇し,やがて気孔を通り抜けて蒸散される.夜間,気孔開度が低下すると,蒸散も減少し,導管内の水ポテンシャルが上昇する(図1b).その結果,日中とは逆に導管から土壌へ水ポテンシャル勾配の発生する場合がある.根の「放水」とは,導管内の水が,この「逆水ポテンシャル勾配」に沿って土壌へ流出する過程を指す.

図1 「吸水」と「放水」のメカニズム

 3. Hydraulic lift

深根性植物で「放水」が発生する場合,「hydraulic lift」と呼ばれる興味深い過程を伴うことが知られている.私たちは,このhydraulic liftを活用し「植物スプリンクラー」を実現しようとしている.そこで,研究紹介の前段として,さらにhydraulic liftについても簡単に解説する(図2).深根性植物は,乾いた浅層土壌を貫いて,湿った深層土壌まで根系を発達させる.そして,夜間に蒸散が減少すると,主に浅層に発達した根から乾いた浅層土壌に向けて「放水」が起こる(図1b).この「放水」は,蒸散と同様に導管内の水ポテンシャルを低下させる(図2a).すると,湿った深層土壌から導管に向けて水ポテンシャル勾配が発生するため,深層土壌の水が導管内へ流入する.流入した水は根系内を上昇し,やがて浅層に発達した根から乾いた浅層土壌へ「放水」される(図2b).このように,深根性植物の根域では,夜間,根系を介して土壌水が深層から浅層へ移動する場合がある.この過程は,あたかも深根性植物の根系が,深層から水をポンプアップしているように見えることから,hydraulic liftと名付けられた(Richards and Caldwell 1987; Caldwell and Richards 1989).

図2 Hydraulic liftのメカニズム

Hydraulic liftは,乾いた土層と湿った土層を根系が貫いて発達した場合に発生する(図2).すなわち、水ポテンシャル勾配の発生した土壌間を根系が貫くと、根系を介して土壌水分が移動する。したがって,土壌中の垂直方向だけではなく、水平方向に水ポテンシャル勾配が発生し,それら土壌を根系が貫いている場合,水は根系を介して水平方向に移動する(図3a)(Hultine et al. 2004; Smart et al. 2005).また,砂漠などの乾燥地域に雨が降ると,浅層土壌が湿り,深層土壌の方が乾いている場合もある.そうした土層を根系が貫いていると,水は根系を介して下方向に移動してしまう(図3b)(Schulz et al. 1998; Oliveira et al. 2005).そこで, hydraulic liftを広義の概念としてhydraulic redistribution(Burgess et al. 1998; Burgess et al.2000)と呼ぶ場合もある.

図3 Hydraulic redistribution

植物根による「放水」は,約80年前の根分け試験において既に観察されていた.Braezeale(1930)は,コムギ根を2つに分けて発達させ,一方を湿潤条件に他方を乾燥条件にすると,乾燥土壌が徐々に湿っていく現象を報告した.その後,様々な研究手法が導入され,hydraulic liftがフィールドでも確認されるようになった.特に,導管水と環境水に含まれる水素や酸素の安定同位体自然存在比を測定し,植物の依存する水資源を同定する技術は,この分野の研究を飛躍的に進歩させた(Dawson 1993; Dawson 1996; Burgess et al. 2000).その結果,多くの植物種においてhydraulic liftが報告され,その植物生態学および土壌生化学的意義も徐々に解明されつつある.Hydraulic lift研究の歴史について,さらに詳細を知りたい方は,関谷・矢野(2004)を参照されたい.

 

4. 植物スプリンクラー

「放水」とhydraulic liftのメカニズムを解説したところで,改めて「植物スプリンクラー」について定義したい.「植物スプリンクラー」とは,「深根性植物に発生するhydraulic liftを活用し,深層土壌の水を隣接する作物に供給する灌漑方法」である.植物の根を灌水装置として利用するという冒険的(無謀?)なアイデアに本気で取り組むには,それなりの勇気を必要とした.「アイデアとしては面白いが,本当にそんなことが可能なのだろうか?」と自問するだけでなく,研究開始当初は周囲から冷ややかな視線を注がれた.いや,現在でも,周囲の反応は冷ややかと言えるだろう.しかし,私たちは,以下に記述する2つの研究が支えとなり,この無謀な課題に取り組むこととなった.

Corak et al.(1987)は,上下2層に分かれた円筒土壌にトウモロコシとアルファルファを混植し,下層土壌にH3で標識した水を供与してその動きを追跡した.すると,アルファルファは下層土壌から吸い上げた水を上層土壌でトウモロコシへ供給していることが明らかとなった.また,トウモロコシはその水を利用し,乾燥期間をより長く生き延びた.

Dawson(1993)は,導管水と環境水に含まれる水素の安定同位体自然存在比を測定し,サトウカエデが,その樹冠下に生育する草本植物に対して,地下水を供給している事実を明らかにした.また,草本植物の導管水では,0~60%がサトウカエデから供給された地下水であった.

私たちは,これら2つの報告に触発されて「植物スプリンクラー」のアイデアを想起し,そのアイデアを実証するため、以下に記述する一連の試験を行った(Sekiya and Yano 2004).ザンビア国立灌漑研究所の圃場で,深根性マメ科植物のキマメに隣接してトウモロコシを栽培した(図4).そして,両植物種の導管水と圃場周辺の地下水および降水を採取し,それらの水に含まれる水素の安定同位体自然存在比を測定した.その結果,キマメはhydraulic liftにより地下水を汲み上げ,トウモロコシへ供給することが明らかとなった.その後,2層に分かれた大型根箱でキマメとトウモロコシを混植し,下層土壌に重水を供与してその動きを追跡した.その結果,やはりキマメはスプリンクラー機能を発揮し,トウモロコシに対して下層土壌の水を供給できることが証明された.さらに,キマメに寒冷紗を被せて遮光処理すると,水供給量が増加することも分かった.これは,「植物スプリンクラー」を人為的に制御できることを意味し,栽培条件を変化させてやれば水供給能を促進できる可能性も示している.

図4 キマメに隣接して栽培したトウモロコシ(ザンビア国立灌漑研究所)

5. 植物スプリンクラーを阻害する要因

私たちの実施した一連の試験では,「植物スプリンクラー」が圃場条件下で実証されたものの,その技術化へ向けて乗り越えなければならない二つの大きな課題があることも明らかとなった.それが,深根性植物と隣接作物の間に発生する土壌水分と光に対する競合の問題である(図5).異なる植物種を同一圃場内で同時に栽培する「植物スプリンクラー」は,間作の一種だと言える.間作では,植物種間で土壌水分に対する競合が発生し,競合に負けた植物種の生産性が著しく阻害される可能性が報告されている(Morris and Garrity 1993).さらに,Sekiya and Yano(2004)以降に発表された幾つかの論文では,深根性木本植物のhydraulic liftによる草本植物への灌水効果は,草本植物の生産性に全く寄与しないか(Ludwig et al. 2003,Ludiwig et al. 2004),効果があっても非常に小さい(Moreira et al. 2003,Brooks et al. 2006)と結論付けられている.夜間,木本植物が「放水」すると,翌日,草本植物はその一部を吸水する.しかし,木本植物も同様に「吸水」するため,両植物種間で水分に対する競合が発生する.その結果,木本植物による草本植物への灌水効果が相殺されるだけではなく,木本植物の吸水能が高い場合,草本植物の生育が阻害されてしまうという.私達も,大型根箱の実験において,キマメとトウモロコシの間で発生した競合現象を観察した.また,深根性植物の地上部が大きくなる場合,隣接する作物に遮光してしまい,作物生産を著しく阻害する可能性がある.私たちがザンビアで実施した圃場試験でも,キマメ直近のトウモロコシ個体で遮光による生育阻害が観察され,キマメから1mの距離に生育し遮光の影響がない個体で「植物スプリンクラー」によるトウモロコシ生育の促進効果が観察された(図4).したがって,「植物スプリンクラー」を一つの灌漑技術として成立させるためには,これら2つの課題を克服する何らかの方策を打ち出さなければならない.

図5 深根性植物と隣接作物の間で発生する水分と光に対する競合

 

 6. 地上部切除

土壌水分に対する競合が発生するのは,言うまでもなく,深根性植物が「吸水」するからである.したがって,「吸水」を止めてしまえば競合を回避できる.しかし,「吸水」を停止させると同時に「放水」を継続させることなど実際に可能なのだろうか?「吸水」は主に蒸散の結果として発生する.したがって,強制的に蒸散を止めてしまえば「吸水」を抑制することができる.しかも,蒸散を止めてしまえば hydraulic liftも発生するため,水分競合を回避すると同時に灌水効果を継続するという一石二鳥を狙うことができる.

私たちの実施した大型根箱試験では,キマメに遮光処理すると水供給量が増加した(Sekiya and Yano 2004).遮光処理は,強制的に気孔開度を低下させて蒸散を抑制し,「吸水」も抑制する.したがって,吸水が抑制されることで水分競合を回避できると同時に,蒸散が抑制されることで昼間でもhydraulic liftが発生した結果,水分供給が増加したと考えられる.この結果は,深根性植物の地上部を遮光資材で覆ってしまう方法が,一つの方策として有効であることを示している.しかし,圃場で生育する深根性植物の全個体を遮光するには,遮光資材の購入に多大な費用が掛かるだけではなく,資材の設置作業に相当な労力を必要とする.また,太陽の位置によっては,遮光資材が,深根性植物だけではなく作物も遮光してしまう可能性がある.「植物スプリンクラー」は,農業土木的な手法を必要としない低コストで簡便な灌漑方法であることが大きな利点である.したがって,土壌水分競合への対処策も,この利点を損なわないことが重要であろう.

そこで,私たちは,「いっそのこと、地上部を切除してしまったらどうか?」と考えた.地上部を切除してしまえば,気孔も除外されてしまうため,当然,蒸散は停止する.また,地上部切除には,新たな資材を購入する必要がなく,遮光資材の設置作業ほど労力を必要としないだろう.しかも,地上部を切除してやれば,光に対する競合の問題も一気に解決するはずである.しかし,地上部切除によって深根性植物が枯死してしまっては意味がない.そこで目を付けたのが牧草である.牧草は,地上部を切除しても枯死せず再生する.つまり,深根性牧草の地上部を切除してやれば,土壌水分と光に対する競合の問題を回避できると同時に,昼間にも「放水」を誘導することで「植物スプリンクラー」が灌漑技術として成立する可能性がある.そこで,私たちは,深根性牧草のギニアグラス,トールフェスク,シロクローバ,スムーズブロムグラス,サンヘンプを用いて一連の実験を行った.なお,これまでに「植物スプリンクラー」機能を有することが実証されているキマメも対照種として実験に供試した(Sekiya et al.2010).

 

7. 根分け実験1

まずは,地上部を切除した深根性牧草のhydraulic lift能を検証するため,上下2層に分かれたプランターで根分け実験を行った(図6).上層には砂土,下層には水を入れ,両層の間に空間を設けて下層から上層への水移動をなくした.深根性牧草をを播種し,両層に根が発達したところで,地上部を切除した.また,植物を生育させない対照区も用意した.そして,ポンプアップされた水量を測定するため上層部への灌水を停止した.

図6 根分けした小型プランター

図7をご覧頂きたい.これは,灌水停止後3日目の対照区,ギニアグラス区,キマメ区,サンヘンプ区の土壌表面を示している.一目瞭然の通り,処理区によって土壌表面の湿り方に大きな違いがある.対照区,キマメ区では,蒸発により表面全体が白くなっているのに対して,ギニアグラス区では水分で表面全体が黒くなっている.また,サンヘンプ区の表面は,一部が乾いているものの,大部分は湿っていることも分かる.植物根系の存在しない対照区では,上層土壌が蒸発でドンドン水分を損失していくのに対して,ギニアグラスとサンヘンプの根系が存在すると,相当量の水分が保持されることを明確に示している.ただ,ギニアグラスの方がサンヘンプよりも水分保持能が高いようだ.また,キマメ区の上層土壌では,対照区と同様に相当量の水分が損失していることも分かる.この図は,地上部を切除した深根性牧草がhydraulic lift能を有し,その能力が植物種によって大きく異なる可能性を示唆している.

図7 根分け試験(小型)の土壌表面

そこで,植物種間のhydraulic lift能を比較するため,両層の重量を毎日測定し,図8に示す方法で蒸発量およびhydraulic lift量を推定した.そして,上層における単位蒸発量あたりhydraulic lift量(HL Eup-1)を算出した.仮にHL Eup-1が1になる場合,蒸発で上層から損失した水分の全量をhydraulic liftによって補給したことを意味する.すると,ギニアグラス,トールフェスク,シロクローバのHL Eup-1は0.913~0.996g g-1を示し,蒸発により上層から損失した水分をhydraulic liftによってほぼ全量補給していたことが分かった.それに比べて,スムーズブロムグラス,サンヘンプ,キマメの値は小さく,最小値を示したキマメは蒸発量の約15%しかhydraulic liftによって補給できなかった.ギニアグラスとトールフェスクは,実験終了までの約1ヶ月間,上層の含水量を高く維持し土壌表面全体を湿らせていた.この根分け実験から,当初の予想通り,深根性牧草の地上部を切除してもhydraulic liftが発生することが確認された.また,ギニアグラス,トールフェスク,シロクローバのポンプアップ能力は,これまでに「植物スプリンクラー」機能が確認されているキマメの約6倍であることも確認され,続く実験に大きな期待を抱かせる結果となった.

図8 両層における蒸発量とhydraulic lift量の推定方法

8. 根分け実験2

次に,地上部を切除した深根性牧草のhydraulic liftが,隣接して生育する作物に及ぼす影響を検証するため,大型のプランターで根分け実験を行った(図9).本実験では,シロクローバ,サンヘンプ,トールフェスク,スムーズブロムグラスを供試し,根が両層に発達したところで地上部を切除した.その後,灌水を停止し,キュウリを播種した.

図9 根分けした大型プランター

キュウリ播種後5日目,処理区間で土壌含水比に差はほとんどなく,どの処理区も0.081~0.106 m3 m-3の値を示した(図10).しかし,播種後17日目には,対照区の土壌含水比が0.015 m3 m-3まで低下したのに対して,植物根系が存在すると,hydraulic liftで「放出」される水分により土壌含水比は0.054~0.076 m3 m-3に維持された.

図10 根分け実験(大型)における上層の土壌含水比(Sekiya et al.2010 改変)

その結果,対照区のキュウリは乾燥ストレスで萎れているのに対して,深根性牧草の根系が存在するとキュウリの葉は瑞々しく青々としていた.図11には,その例として,対照区とシロクローバのキュウリを示す.そこで,キュウリの生育期間中,葉の気孔コンダクタンスを測定した.すると,土壌含水比を反映し,対照区の気孔コンダクタンスは255~265mol m-2 s-1で推移したのに対して,植物根系が存在すると300~600μmol m-2 s-1の範囲で有意に高く推移した.これは,深根性牧草のhydraulic liftにより供給された水分をキュウリが吸収し,それを利用して気孔開度を上昇させたことを示している.

図11 根分け実験(大型)におけるキュウリ

気孔開度が高ければ潜在的に光合成速度も高くなるため,生育量が増加することも期待される.そこで,キュウリを収穫し,乾物重を測定した(表1).すると,シロクローバ区,スムーズブロムグラス区,サンヘンプ区のキュウリ乾物重は,対照区に比べて有意に高かった.これらの結果は,深根性牧草のhydraulic liftによってポンプアップされた水分が,キュウリの乾物生産を促進したことを示している.
以上,2種類の根分け実験を実施した結果,地上部を切除した深根性牧草が「植物スプリンクラー」として機能することが証明された.これを圃場条件下で再現できれば,技術化へ大きく近づくはずである.そこで,次に出雲の砂丘地帯で実施した圃場試験の結果を紹介したい.

表1 根分け実験(大型)におけるキュウリの乾物重(g コンテナ-1)(Sekiya et al.2010 改変)
対照区 28±5
トールフェスク 33±6
サンヘンプ 49±5
スムースブロムグラス 56±3
シロクローバ 56±2

9. 圃場試験

島根大学附属神西砂丘農場で圃場試験を実施した.ギニアグラス,トールフェスク,シロクローバ,スムーズブロムグラス,サンヘンプ,キマメの9週齢苗を各区画(3m×1.5m)の中央線上に移植した(図12).また,何も移植しない対照区も設けた.

図12 圃場試験(島根大学附属神西砂丘農場)の各区画における植物の配置

移植後80日目,圃場にビニルハウスを設置して降水を遮断し,深根性牧草には点滴灌漑で水を供給した.移植後110日目,点滴灌漑を停止し,深根性牧草の地上部を切断した.移植後130日目,深根性牧草の両脇にコマツナを播種した.コマツナが2~3葉齢になった時点で,深根性牧草の一方の側の根を切断してCut区とし,他方の側をIntact区とした(図13).また,全コマツナ個体が萎れ始めた時点でコマツナに灌水した.

図13 圃場試験における断根処理の効果(仮説)

「植物スプリンクラー」が圃場条件下でも機能するならば,対照区と比べて,深根性牧草区のコマツナは水分状態が良好となり,生産性も向上するはずである.しかも,Cut区は水供給が遮断されるため,その効果はIntact区のみで確認できるはずである.図14をご覧頂きたい.これは,対照区とギニアグラス区のコマツナを示している.深根性牧草の根が存在しない対照区のコマツナは水不足で萎れ,一部の個体は枯死している.それに対して,ギニアグラスの根がIntactで存在すると,コマツナは新鮮で瑞々しい葉を保ち,より多くの水を吸収していることが分かる.ところが,根が切断された場合,対照区と同様にコマツナは水不足で萎れている.

図14 圃場試験におけるコマツナ

紙面の都合上,掲載していないが,サーモグラフィーで撮影したコマツナの熱画像も図14の結果を支持した.すなわち,対照区とCut区のコマツナ葉温は同様に高く,インタクト区のコマツナ葉温は低かった.葉温は蒸散によって低下するため,インタクト区のコマツナはCut区や対照区に比べて,蒸散速度が高かったことを示している.これらの結果は,当初の予想通り,深根性牧草が隣接して生育するコマツナへ水分供給したことを示している.そして,表2が,播種後45日目のコマツナ新鮮重を示している.ANOVAで解析したところ,断根および種の効果は有意で,交互作用は有意でないことが判明した.すなわち,コマツナ新鮮重は,Cut区に比べてIntact区で有意に高く,深根性牧草の根から供給された水により植物生産が促進されていた.また,コマツナ生育の促進効果は深根性牧草の種により差があり,特にギニアグラス,トールフェスク,サンヘンプの機能が高いことも示された.これらの結果は,深根性牧草、特にギニアグラス,トールフェスク,サンヘンプが圃場条件下でも「植物スプリンクラー」として機能することを示している.

表2 圃場試験におけるコマツナの新鮮重(g プロット-1)(Sekiya et al.2010 改変)

Cut   Intact

対象区        267   247
キマメ         483   595
シロクローバ       493   726
スムースブロムグラス    527   741
サンヘンプ          516   895
トールフェスク        446      946
ギニアグラス       517   970

 

10. まとめ

Braezeale(1930)によって観察された植物の根による「放水」現象は,Richards and Caldwell(1987)やCaldwell and Richards(1989)によってhydraulic liftという興味深い研究対象へ発展した.関連する多くの研究が発表され,植物生態学や土壌生化学におけるhydraulic liftの意義が様々に解明されてきた.例えば,hydraulic liftによって浅層土壌に貯蔵された水を植物吸水モデルに組み込むことで植物群落の水収支をより正確に予測できるようになった(Caldwell and Richards 1989; Lee et al. 2005).

Corak et al.(1987)やDawson(1993)が報告したhydraulic liftによる隣接植物への水供給も,研究者の好奇心を大いに刺激し,その意義を解明するための研究が行われてきた.ところが,Sekiya and Yano(2004)を除き,いずれの報告も夜間の水分供給効果は日中の土壌水分競合に相殺されてしまい,予想したほどの意義はないと結論付けている.Burgess(2010)は,この事実について「隣接植物への水供給は,hydraulic lift研究の中で生態学的意義を見いだせなかった唯一の事例だ」と表現している.

今回,私たちは,これまで意義が小さいとされてきたhydraulic liftによる隣接植物への水供給が,地上部切除の技術により農業生態系で大きな意義を発揮することを実証した.前出のBurgess(2010)は,間作やアグロフォレストリー研究でしばしば引用される概念「養分セーフティーネット(Allen et al. 2004)」になぞらえ,この「植物スプリンクラー」が「水分セーフティーネット」という概念を生む出す可能性があると指摘している.「養分セーフティーネット」とは,深層土壌へ溶脱した養分を深根性植物が回収し,その養分を落葉等の有機物分解を通して隣接作物へ供給する循環型の農業生態系を指す.「植物スプリンクラー」は,深根性植物が深層土壌から吸収した水分をhydraulic liftによって隣接作物に供給する「水分セーフティーネット」を実現する可能性があると言うわけだ. 「植物スプリンクラー」が「水分セーフティーネット」という概念に発展するかどうかは別にして,私たちは,このアイデアが技術化へ向けて一歩ずつ前進しているという自身を持ち始めている.